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片やカジュアルなライトダウンにロゴTとワークパンツ、
片や寸法が随分と大きい砂色の長い外套に、やはりぶかぶかなチョークストライプの色付きシャツと
サスペンダで吊っている大きめのトラウザーパンツ…というから、
どっちが怪しいいでたちなのやら。
でもでも肩書きを明かせば真っ当そうに見える方が真っ黒な出自という、
何ともメリハリのいいやら悪いやらな白黒の二人の青年が、
片やはイヤイヤな素振りをしてはいるが、だったら踵を返しゃあいいのにそうはせず、
お互いを憎からず思っていればこそというような
息が合うやらどうなやらという会話をしている同じころ。
そこからもう少しほど運河を下った辺りの石造りの橋の上にて、
特に何か思うようでもないながら、
人を待ってでもいるものか欄干に肘をついて流れを見やっていた男性がおり。
長外套や黒い帽子もこの時期には突飛じゃあない。
むしろトラッドな装いをセンス良く着こなすお人なため、
それへと気づいて ふと見やったその風貌が、それはそれは途轍もなく整っていると気がついて。
頬を赤らめたり声なき嬌声を上げてしまうお嬢さんたちが引きも切らずだったりし。
“さすがは師走近いからかな。”
こんな外れたところでも足早な人の多いことよと、
慌てふためき駆け去る少女らをそんな風に感じ取ってるところは微妙に朴念仁な幹部様。
伏し目がちのまま、前髪を時折くぐり抜ける細い紫煙をぼんやり眺めていたが、
短くなった紙巻きに気づき、常の習慣で携帯灰皿へとねじ込む。
何もマナーにのっとっているわけじゃあなくて、
吸殻をそこいらへ捨てるなぞ、DNAという自身の痕跡を残す愚行だからで。
一見、マフィアらしからぬことをこなしていたその手が不意に止まると、
何とも言えぬしょっぱそうなお顔になった、ポートマフィアの大幹部だったりし。
振り向かずとも気配で誰なのかまで察しが付くのは、
長らく不在だった其奴の雰囲気へ、取り戻す勢いで直近で触れまくってるからなのか。
嫌なもんに出会ってしまったと、不愉快そうなお顔を隠しもしない中也だというに、
「やあ。」
相手はそうでもないらしく、むしろそれはにこやか朗らかに声を掛ける辺り、
やや離れたところで部下同士が繰り広げた出会いをそのまま模倣しているような按配で。
首元やら腕など見える範囲のあちこちが包帯まみれの長身の君もまた、
撫でつけられていない蓬髪が目許を覆うほど伸ばしっぱなしな辺りに 中二病の匂いを感じなくもないけれど。
そのうっそりしたすだれの奥に、知性あふるる涼やかな深色の双眸が瑞々しくきらめいており、
目鼻立ちという表現はこのためかと思い知らされよう、すっと通って整った鼻梁にすべらかな頬が添うている。
情感あふるる柔らかな笑みが似合う表情の豊かさは
薄っぺらなイケメンではないのだろ、人性の豊かさをも感じさせ。
いかにもという武骨さはないがそれでも均整の取れた四肢は若さにそぐう精悍さを備えていて、
その足元まである長外套が銀幕で活躍するスタアのごとき存在感として映えていたりした日にゃあ、
“ほんッとに腹立つ奴だよなぁあ。”
実は生え抜きのマフィアな 真ぁっ黒い性分してやがったくせに飄々としてやがってよとか、
未だに決まった連れ合いの噂を聞かない辺り、いい加減な下半身事情の身なんだろうに、
振った女や寝取られた男に刺されてないのが不思議だとか。
朗らかであればあるほど 悪面を想起するものか、
今現在もマフィアであらせられる幹部殿がムカムカしつつ応じたのが、
「…なんで居る。」
口を利くのさえ嫌悪が走ると言わんばっかりな手短さ。
きりきりと眉尻釣り上げた上で、こうまで露骨に嫌がられているというに、
今時の色男はそれを保持するための厚顔さも持ち合わせているものか。
まるきり意に介さない朗らかさを保ったまま、
「いやだなぁ、此処は天下の往来だよ?
一般市民が通りかかったって何の問題も無いはずだ。」
そんな言いようをしはしたが、
やや遠巻きな周囲からの 黄色い悲鳴混じりな小声が降って来るのへはまるきり無関心な様子。
まま、それへ関しては日頃からもさして愛想を振る奴じゃあなかったかな?と感じつつ、
「訊き方を変える。俺は敦と此処で待ち合わせたはずなんだがな。」
「敦くんなら私のお使いを消化中だよ?」
「ゥおいっ。」
一応は憤怒の声を返したが、実のところ恐らくはそうなんじゃないかなぁと薄々感じていた辺り、
相手のあれやこれやを自分の性分レベルで把握している相変わらずなところもお揃いで。
むかつきつつもそのまま立ち去らない中也もそうだが、
こういう態度を取られようことが判っていつつも、ついつい甘えかかる太宰なのも相変わらず。
『甘えている? 私が?あの蛞蝓にかい?』
『自分でも気が付いておられないはずないでしょうに。
というか誤魔化しきれていませんよ、少なくともボクにはね。』
自覚はなかったのは本当。
でも、あの虎の子くんが呆れたように苦笑をし、
以前はともかく今は遠くに離れちゃってるんですからね
憎まればっか言ってると本当に嫌われてきっぱり拒絶されますよ?と、
ご忠告くださったのはそう遠くはない再会後のことで。
『それでなくとも太宰さんて、中也さんのこと語彙力振り絞って腐しますよね。
どうでもいい相手なら適当に今時の物言いで弾けさせて自爆でもさせてお終いだったくせに。』
『そりゃあね。
あいつめ、どんどんと遠回しな言いようも即座に理解して反発してくるんだもの。』
『そういうところもまた楽しいのでしょうけれど、』
今はボクの大事な人でもありますので、
手加減するか、いい加減ご自身のお気持ちを自覚してくださいな。
そうでないと、何だったらボクからも親方みたいな扱いに変えちゃいますよ?と。
色んな意味合いから“おいおい”と突っ込まれそうな言いようで釘を刺してった元教え子の指摘で、
あれ?私ってそんなにムキになってたかな、
そういやあの子は私に遠慮なんてしない、敦クンに勝るとも劣らずで面白い対象だったし、と。
自然な懐きようだったればこそか、
自覚も追いつかぬまま好いたらしくしていた自分だったらしいと気づかされたおかげさま。
じたばたするのはそれこそ見苦しいと、
思い直すことにした今日この頃な遊撃参謀さんだったらしく。
乾いた水色の空が広がる今日本日はいい陽気で、
時折 港町らしく潮の香のする風が吹き、
双方ともやや長いめの髪があおられては揺れる。
身長差もあってのこと、
帽子を愛用する相手のお顔は長身な太宰からすれば覗き込まねば見えない角度でもあるが、
俯く義理はないとの姿勢から、その華やかな顔容は帽子のつばの陰に隠れることもなく。
凛とした顔を間近にすると、何故だかちょっかいを出さずにはいられない自分の、
子供じみた執着が何から発しているものか。
チビだの蛞蝓だのと罵倒するわりに、風貌を腐したことはないのも敦くんから指摘され済みで。
『そういやそうだが…。』
『それなりの審美眼はおありなのでしょう?』
好みかどうかは個人差も出ますが、中也さんは誰の目にも綺麗な方ですよ?
それに、太宰さん、今ボクから言われるまで気づいてなかったでしょう?
『太宰さんの突っかかり方は、
余裕があるよに見せていてもムキになっているのがバレバレでした。
それって対等な相手や関心ありまくりな人への構いつけようですよね?』
そういう策や任務ならともかく、
どうでもいい相手は歯牙にもかけなかったじゃないですか…なんて、
さすがは身近に置いてた子だけあって、あっさり見抜かれてもいたようで。
気づかぬままでいた何やかやを体よく煽られ、
しまいにゃ言い返せなくなったという格好で、
元教え子くんにまんまといいように吐露させられていた元上司さんだったりし。
“…余計なお世話です。”
あら、聞こえてた?(笑)
“確かに…。”
こうして傍にいると心持ちが柔らかく温まる。
喧嘩を売っているかのような物言いをついついしてしまうが、
それもこれも、隙を衝かれはしないかなんて肩を張らず、気を抜いているからに違いなく。
ちょっかい出したらどんな返しがあるんだろうとワクワクするのは子供じみた悪心と指摘され、
ではと見つめ直した気持ちを、実はまだちょっと扱いかねており。
甘えているし気を許してもいる、何なら凭れ切っているとまで言われ、
むっと来たけど、容赦のない正論でつけつけと言い負かされたのは事実。
反駁も封じられた無様さだったが、
だからといって唐突に素直になるのも何だかなぁと思うのは、
それこそ子供に言い負かされちゃった大人としての、なけなしの矜持というか悪あがき。
何だ今度は何をしかけて来るんだと、
警戒というより挑戦的に見上げてくる中也の青い双眸にしばし見入ってから、
「あの霧事件以降、汚辱は使ってないだろうね。」
「まぁな。」
箍が外れるとはよく言ったもので、
中也の異能は重力操作だが、実はそっちはおまけのようなもの。
本来の一番強烈な力は、圧縮しきった重力子を集約し、強力な重力弾を発射する“汚辱”というもので、
ただし、それを発動するともはや本人でも止められなくなり、死ぬまで暴走し続ける。
それを唯一制止できるのが太宰の異能無効化なのだが、
今や武装探偵社という離れたところに身を寄せている彼なだけに、
おいそれとはその奥の手も使えなくなっており。
そこいらの理屈は中也本人もようよう判っているし、
いくら組織大事で構成員を駒のように扱うことを辞さぬ首領であれ、
それこそ権力権勢しか考えない愚者じゃあない。
現在のマフィア内で最強の火器であるのみならず、
その懐の深い器からだろう人望もある彼を そうそう無駄死にという格好では使うまいが、
「敦くんがいうには、怒髪天状態になって使いかけたこともあったらしいじゃないか。」
「う…。」
選りにも選って人望の礎である情の濃さが時折暴走する人でもあり、
自身の地位やら何やらもわきまえているためそう簡単にはぶち切れないものの、
大切な存在を盾にされたりした日には…我慢の臨界もあっさり突破するようで。
怒りのままに暴走した結果の発動という事態が一度ほどあったらしく、
「腕だけ虎化した敦くんが数時間がかりでハグし続けて何とか収まったんだって?」
「……。」
ああそうだよな、困った話として本人から聞いたんだろうよなと、
誤魔化す気もなく、ただ口許だけ不貞腐れたようにひん曲げて見せる。
どんな駄々っ子だという光景だったところを笑い飛ばされるかと思いきや、
「敦くんの虎の爪は私の無効化とは違う。」
「…ああ。」
四神の一隅ともされる“白虎”には神がかりな力も備わっているらしく、
彼自身の身を、どれほどひどく損なわれても再生する ずば抜けた回復力もそうだが、
最近分かったのが その鋭い虎の爪は異能を切り裂く力もあるらしく。
だが、そうなると、
太宰の持つ “人間失格”のような一時停止で済みはしない。
裂かれた異能は形によってはそのまま失われてしまうやもしれぬ。
そして…この小さな佳人には、そんな異能がそのままその存在をも掻き消す相手になりかねぬ。
「俺自身、異能そのもので、
人格は格納する器にほどこされた塗装に過ぎねぇからな。」
軍研究施設にて生まれた『試作品・甲ニ五八番』
異能と既存の生物を組み合わせる『人工異能』であり、
『荒覇吐(アラハバキ)』と、神のような力への畏怖を以て呼ばれもする存在。
太宰との出会いともなった十五の頃の騒動で、そこいらは明らかにされており、
これに関しては首領の森鴎外も悉知していること。
詳細な資料もさして残ってはない今、
彼の人格がどこまで“容器”である肉体と紐づけされているのかも不明で、
汚辱を発動したが最後、外からの手がなけりゃあ制止できない辺り、
少なくとも彼の意思は“荒覇吐”を止めるほどの力は持たぬ。
ストッパー以上の役目を果たさぬ存在だというのなら、それでもそんな彼自身を失いたくはないのなら、
異能無効化以上の力を近づけるなんて危険極まりない所業であり。
故に、太宰の居ぬ今、無謀な策は立てまいと踏んではいるが、
彼本人が弾ければ誰にもどうにも出来ぬのが困りもの。よって、
「君の自爆であの子が苦しい想いするのはいただけない。」
「判ぁってるよ。」
そんな遠回しな言いようで牽制すれば、
苦々しいという顔は変わらぬまま、だが、逆らうような言いようは続かない。
しかも、
「敦がそりゃあ怒ってたしな。
あと、これは褒めちゃあいかんのだが、
首領へも、若しも無茶な指令を発動なさるなら俺んこと掻っ攫って逐電します、
木更津辺りへ反ポートマフィアの支部立ち上げますからねとかどうとか ぶち上げやがってよ。」
物知らずな体であれ、
首領が相手でもどこか不遜な物言いをすることがあった子だったが、
この発言はなかなかに真摯な叫びだったそうで。
しかも、紅葉の姐さんや何と首領の異能のエリスまで
『そうなったら わっちらも離反することになろうな』などと
さらり付け足したものだから。
それによって冗談発言を装ったこととなりの、
だがだが
無理強いなんてしないでねという敦の切った啖呵が
微妙な均衡ながら 半公的な約束ごととなってしまったそうで。
自分が最も懸念していたことへのケアも万全とは、
“やれやれ、あの子には頭が上がらないねぇ。”
自分だって、誰かのために役に立つならと、その身を没しようとしかけていたくせにね。
回転の速い頭も、誰かを守るためならば人の弱みも躊躇なくあっさり突々く人の悪さも、
一体どこの誰が強化したやら、親の顔が見たいねぇと
判っていながらそんな自虐を思う、背高のっぽの元マフィアさん。
中也の暴露へにやにや笑うばかりな太宰へ、何だよと再び不審そうに眼を眇める中也であり。
いかんいかんと取り繕うのに選んだネタが、
「ところで、あの子、妙に芥川くんへ関心があるみたいなんだけど。」
大事な兄様への気遣いは判ったとして…と話題を変えれば、
おやそうなのか?と一瞬その目を見張った帽子のマフィアさん。
相変わらず虚を突かれるとどこか子供っぽい貌になるのが愛おしく、
頬が緩みかかるのを太宰がこらえておれば、
「あ〜。同い年くらいで対等に口が利ける相手ってのは初めてだからじゃねぇか?」
黒服連中はどうしたって不慣れだから
丁寧語使うか胡散臭く思われるかだろうし、俺や姐さんじゃあ逆に奴が遠慮しまくってるしと、
近況というか現在の帰の周囲を浚ってくれて。
「鏡花は女の子だし、そうそうずけずけとした口利きはしにくかろう。」
「歳が近い子いたじゃない。確か黒蜥蜴の…。」
「ああ、立原か? 今まで接点がなかったからなぁ。」
敦は長いこと単独任務専任だったから、なかなか馴染む相手はいねぇ。
誰からの影響か、いつだって腹割ってねぇだろ、あいつ…と続け、
それでもこれからは ちょいちょい部隊率いる機会も増えるかも知れんがと思った中也としては、
“見限った組織に恐れもなくホイホイ侵入しやがるような奴が師匠なもんだから。”
その辺りは鴎外からして、大目に見ているというか
防ぎようがなかろうという、何だか順番のおかしい解釈で黙認しているようではあるものの。
太宰も太宰で、敦という盾がいることに甘えてなぞいない、
むしろそこへは済まぬと思っていることだろうと中也には判る。
何時だってその身だけで事を済まそうとする、つまりは自分を大事にしない奴だ。
弁舌が立って、仕掛けも山ほど周到に設けちゃいるが、それでも相手が話さえ聞かない馬鹿だったら意味はない。
度胸があってこそ出来ることだが、だからといって自分の頭脳や策に高をくくってはいない。
自分が呆気なくひねられることだって計算に入れてやがる。
異能無効化というとチ―トな異能に聞こえるかもしれないが、異能が相手でない場合は一般人と変わらない。
だっていうのに危険なところへ自分さえ駒にして、いやさ自分で良ければと布石にしかねない。
「困ったところばっか似やがってよ。」
「え〜、それって何の話?」
中也さんは太宰に似てて困った奴だと思っているが、
太宰さんは中也に似て廻りを気遣いすぎだと思っていたり。
そしてそんな気遣いをする元相棒さんとしては、
無茶ばかりする太宰であるのを未だに案じてもいる、それはやさしい人だと虎の子は知っており。
器用なくせに不器用で、
素直になりゃア良いものをわざわざ面倒な事態へ転がす困った先達たちへ、
どっちが年上なのなやら、虎の子の苦労はまだ続くようでございます。
to be continued.(20.11.24.〜)
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*間が空きすぎてすいません。
書き散らかしてたメモを整理しつつ、ちょっとずつ書き溜めてたんですが、
コミックス派としては20巻があまりに衝撃で…。
あれってどういうこと?このまま彼は退場なの?
ややこしい異能を無効化して意思は何とか取り戻してもらえんかな。
与謝野せんせえとの合わせ技で重篤状態も何とか…虫が良すぎますかねぇ。おろろん

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